日本酒物語~寺田本家~ 寺田優

こんにちは。寺田本家の寺田優と申します。

ではちょっと寺田本家の事をお話しさせて頂こうと思います。寺田本家の酒蔵は千葉県の香取郡神崎町でお酒造りをさせて頂いております。そこでうちは江戸時代の延宝年間、元禄時代の一つ前です、1670年頃にここでお酒造りを始めたと聞いております。自分今24代目なんですよ。1年間で8万本くらいお酒を造っています。

うちが自然のお酒造りをするきっかけになったのは、先代なんです。先代が若い頃、病気して、病気は体が腐る事だと考えたんですね。じゃあ腐るの反対、発酵をすればいいんじゃないか、と頭を切り替えたんです。
微生物というのは色んなのがいますけど、自分のできる事を一生懸命やって、人の悪口言わないで、自分の好きな事やって、自分の仕事が終わると次の菌にバトンタッチしていって、発酵していく訳です。そういう生き方がなぜ自分は出来ないんだろうか、と考えたんですね。
お酒造りのスタイルもそれまでは添加物たっぷり入れて、何かお酒っぽいものを造ってたのをやめて、お米とお水だけの本来のお酒造りにしようって切り替えていったんですね。切り替えてすぐにうまくいったって訳じゃなく、お酒が売れなくなっちゃって、でも微生物は自然のそのものですから、そのお酒造りのあり方も自然の中に寄りそったお酒造りのあり方っていうのがあるんじゃないかと。そうやって自分の信じたお酒を造っていれば、営業、広告をしなくても、気付いてくれる人は現れるんじゃないかと考えたんですね。
もちろん確信があった訳じゃないんですけども、自分の道を歩んでいこうとお蔵の中もガラッと変わって、造り方を変える事で蔵の人達も、それまでの造り手から若いというか、そういう自然づくりに理解がある造り手さん達が集まってきて、お客さんもガラッと変わって、こういう変わったお酒を造っても、100人に1人それを理解してくれる人がいればいいんだってよく先代が言ってたんです。
やっぱり自分が見つけた大好きな生き方に賛同してくれる人が遠くからでも時々現れる。だから自分のやり方をこう信じて歩いていく事が大事だってよく言ってましたね。

お酒造りで大事にしているのは、競争しない、大きくしない、楽しく、心地よく造る、っていうのがうちで大事にしているモットーです。
競争しないっていうのは、微生物の世界でも自然界で弱肉強食とか色々言われますけども、本当はそうじゃないと。お互い色々な菌がそれぞれ共生しながら、発酵してるのが菌の世界じゃないかなと思うんです。それは同じじゃないかなと。
うちは鑑評会とかあっても、そういうのも一切出さないですし、競争しないっていうのは大事にしてます。まあ大きくしないという事ですね。
うちは先ほどね、ちっちゃい酒蔵だってこと申しましたけども、やっぱりこの大きくすると色々と無理が出てきますんで、逆に今の規模を大事にしていきたいというのがあります。規模を大きくするよりも、質をもっと高めていく事をしたいなと。やっぱり楽しく、気持よくお酒を造るっていうのがね。やっぱり微生物もこっちが楽しくしていると元気に発酵してくれるんですよ。
ほんとにね、もろみとかでも、自分達があんまりもろみに対しておざなりにあんまり気を向けていないとうまく発酵してくれないんですね。ちゃんといつも気を使って、こう周りを綺麗にしてあげたり、しっかり掃除してあげたりとかしてると、ほんと元気に発酵してくれるんですよ。
これはほんと面白くって、菌っていうのは目に見えないですし、どこにいるか分からないですけども、自分達の気持ちとかをくみ取ってるんじゃないかなって思うんですね。これ学者の先生もおっしゃるんですよ。自分達は菌っていうのは神様の使いじゃないかなと思ってるんですね。この自然界相応の、神様っていうか自然ですね、大自然の中で自分達は生かされていてその担い手の一つだと。そのつなぎ役をしているのが微生物じゃないかなと。
ただ神様はなんで人間を作ったかっていうと、色々ありますけども、人間が楽しく生きているのを見たかったから人間を作ったっていう話があって。
だから自分達がいかに幸せに楽しく生きていくかっていう事が人間に課せられた使命なんじゃないかなと。それを微生物に見せてあげるというのが大事じゃないかなと思っています。

発酵というのは、学術的に辞書には要するに微生物がお米とかを分解して、アルコールとか酸とか炭酸ガスを作ると書いてあります。
自分達は発酵っていうのはもっともっと深い意味があるんじゃないかと思っていますし、発酵するとまず栄養価が高まる。例えば、麹菌がついて麹になると、お米そのものの成分が分かっているので70種類位含まれていますが、麹菌がつくと確か400種類位の成分に、色んな栄養成分が増えるって言われるんですね。だから発酵する事でその本体よりももっと色んなビタミン、有機酸、抗酸化物質とか色んな成分を作ってくれるんですね。
さらに発酵すると美味しくなるんですね。
これはもう大豆そのものよりも味噌でしたり、納豆にしたりして美味しくなりますし、例えば漬物だって、ゆうべの内に漬けた胡瓜が次の日には美味しくなるっていうのはまさに発酵の効用。元々発酵食品っていうのは長持ちさせる為、食べ物を長く食べていく為の知恵でした。
今は冷蔵庫ありますけど、昔の人は冷蔵庫なくって、その中でいかに長く食べていこうかっていう中で生まれたのが発酵食品、発酵の知恵ですからね。お腹の中の腸内細菌が発酵食品を食べると元気になるんですね。そうしたら免疫力がアップする。納豆菌でも何でもそうですけど、お酒でも血管が強くなるって言われるんですね。今、病気にも大きなガンと、血管の病気とありますけど、発酵食品とる事で、その一つ一つが良くなっていく。病気っていうのは一つのさびていく現象なんで、それを取り除いてくれるのが抗酸化物質ですね。例えば麹は日本酒造りで使われるものですけど、麹も抗酸化物質の塊みたいなもので、だから化粧品にもよく、麹を使った美白の何とかとかよくありますけど、それはまさに麹がそのまま体をさびさせないっていう事じゃないかと思います。だからもう発酵文化っていう意味では、人間と菌は昔からずっとこう一緒に共生していたと。長い間一緒に生きて、一緒に暮らして、で今でこそ、菌ってなんか汚いとかばっちいとかね、病原菌が怖いとか色々ありますけど、元々は、人間はもう菌の塊で、菌まみれで、菌を食べて生きてきたんじゃないかなと、それをもう一回思い出して、こう菌と仲良くなってあげるっていう事が自分も幸せになるし、菌も嬉しい。

生きていく軸、微生物っていうのはどういう風に生きているのかなって自分達はよく考えてるんですけど、微生物はね、自分の事が大好きなんです。みんな仲良しなんです。みんな心地良く生きてるんです。これが微生物の在り方じゃないかなと。
心地良く生きていくっていうのはほんとにね、ここにヒントがあるなって自分は思っていて、微生物っていうのは一匹一匹がみんな大好きな事をやりながら、みんな仲良く楽しく暮らしてる。
それが人間もそういう生き方が出来たらいいなっていう所ですね。
発酵すると、その身体感覚、こう今忙しいですから、なかなかこう体で受け止められない、こう頭で色々こう考えちゃう、色々訳分からなくなる事ってありますけども、元々人間は文化としてね、腹でものを考えるっていう文化があったんじゃないかな。
腰腹文化って言い方があったりね、例えばこう腹の虫がおさまらない、腹の底から笑う、腹が据わるとかこうお腹にまつわる色々決断するような言葉ってありますよね。それはもうまさにお腹の中に微生物がいるって事を昔の人は何となく分かっていて、そこから生まれた言葉じゃないかなと自分は勝手に思っています。赤ちゃんていうのはお腹の中で大きくなる訳ですよね。まさに命の出発点はお腹の中だという事ですね。だからお腹っていうのが本当は体の一番大事な所なんじゃないかなていう事です。

発酵食品っていうのはやっぱりこう、菌一匹一匹生命ですから、お酒造っても泡がこうぶくぶく上がってくるんですよ。その泡をぷってとって、その1gの泡の中に菌が2億匹以上いるって言われてるんですね。
1gの中に2億匹ですから、大変ですよね。その一匹一匹の命が、美味しいお酒を造っていってくれる訳で、美味しい発酵食品を作るってのはその生命力がそこにギュッと詰まってるってことじゃないかと思います。
その命を頂いて、次の命にバトンタッチ。
まあ自分達もそうですよね。ご先祖様から命を頂いて、自分達の子供とか孫にバトンタッチしていく。その命の循環の中にあるっていう事を教えてくれるのがまた発酵かなって思いますね。

寺田優(てらだまさる)

1973年大阪市堺市生まれ。横浜国大卒。学生時代より世界各地を放浪する。1998年に、動物カメラマン吉田嗣郎氏に師事し、アシスタントとして撮影を始める。2004年に、千葉で340年続く蔵元寺田本家に婿入りし、自然の摂理に則った発酵の世界に魅せられる。趣味はフットサルと読書。2008年より千葉県一小さな町、神崎をワクワク発酵させる「発酵の里協議会」の代表世話人も努める。

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