ご挨拶
一般社団法人日本フィトセラピー協会の理事を拝命致しました小浦誠吾と申します。
仕事は大学のリハビリテーション系の学部で自然や園芸作業を活用しながらリハビリテーションを実践していく園芸療法を専門とした研究・教育を行っております。私は医療者ではないため、前職の大学では園芸学科で果樹園芸やトロピカルフルーツの栽培や生理学的研究を行っておりました。就職の条件として課せられていた園芸作物の栽培の講義をこなしつつ、当時の学部長の許可を得て園芸療法の可能性を採用時から検討しておりました。
きっかけは、大学の講義に全く興味がわかず悪友と遊びながら学生生活を送っておりました際、唯一心に響いたのが当時の松尾助教授(九州大学名誉教授)の観賞園芸学各論の一部で教えて頂いた「園芸療法」のお話でした。農学は、高い作物を作って利益を上げてなんぼの世界だと感じておりましたところに、自然の中で穏やかな生命である植物を「育てる」行為は、病気の予防や治療に役立てることが可能で、栽培者自身にも精神的な好影響があることを教えて頂きました。私は、その講義を今でも鮮明に記憶しており、衝撃の大きさを実感しております。その中で、今でも疑問に思っておりますのは、「園芸療法」という名称です。私は、植物全体から対象者に有効な材料や技法を選択するのが良いと思いますので、「植物療法」とした方がよりしっくりくると考えておりました。そんな中、ギリシャ時代からの言葉である「植物(フィト)」とセラピーを組み合わせたフィトセラピーという考え方に出会い、この考え方こそ自分の求めていたものであると感じました。
近年増加の一途をたどっている認知症に関しても、生活習慣病の一つという考えもあります。認知症の予防に関しても、現代医療と補完・代替医療それぞれの長所を組み合わせるという考え方において、フィトセラピーは有望な考え方・技法の一つとなるものと期待しております。
植物を「育てる」ということ
多くの動物は「自分達の子孫だけをそだてる」そうですが、人間のみは、人間の子どもだけでなく、あらゆる生き物を対象としてその世話をすることができます。
さらに、利害関係がなくてもそれらを保護し、生長の手助けをすることもあります。植物の栽培、動物の飼養だけでなく、魚介類の栽培さらには菌類やウイルスの培養すらも行うのです。
その目的は多様ですが、人間はあらゆるものに対して「子そだて」の考え方を適用しているといえるでしょう。その行為を、創造器の活用によって対象を自分と同じような生きものと認めて、その生きざまに共感を持ち、その生長の手助けをすることに喜びを見いだす創造的行為となしうるのです。
これが「育てる」行為です。「子どもをそだてる」という本能的・動物的行動に対して、これは創造的・人間的行動ということができ、「育てる」行為とは、子どもを育てることの他に、植物を栽培する、動物を飼養する、後継者を養成するなどが、身近な例としてあげられます。
フィトセラピーの特徴
私が考える園芸療法を含むフィトセラピーの特徴は、自然の中の穏やかな生命である植物の多様性を継続的に活用できる唯一の療法であるということです。室内活動においても植物から得られる生命力あふれる材料を活用でき、屋外、簡易ハウスや屋根付きのスペースなどでの実施環境は、そこへ移動するだけまたは見るだけでも多様な知覚刺激を受けることが可能です。
また、活動に参加すると、五感(視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚)から直接脳に伝達される知覚刺激を容易にかつ複合的に取り入れることができます。一方、ヒトは常に何かを知覚したいという欲求があるとされており、それらの感覚を遮断された状態では、機能面に加えて精神面に悪影響があると報告されています。アロマの嗅覚刺激をはじめ、五感からの知覚刺激が生活の中でいかに重要かがわかります。
医学の進歩とフィトセラピーの考え方
「医学の祖」と称されているヒポクラテス(紀元前5世紀頃)は、当時二分されていた学派の一つのコス派(ヒポクラテス派)の中心人物でした。対立する学派であるクニドス派は、診断(diagnosis)を重視するのが特徴で、人の体を解剖することが許されなかったことからか診断を誤ることも多かったそうです。
これに対してコス派は、予後(prognosis)を診断以上に重んじ、結果として効果的な治療を施すことができたため、他派よりも大きな成果を上げたと評価されています。コス派は、季節・大気といった環境の乱れや食餌の乱れが体液の悪い混和をもたらし病気を引き起こすと考えたとされ、現在のフィトセラピーの考えに近いものでした。
その後、エビデンス(実証データ)に基づく近代西洋医学のみが重視される時代がございましたが、近年は再度、フィトセラピーのような補完・代替医療を取り入れる医療者も増えてまいりました。
認知症のこと
現代病ともいえる生活習慣病ケアは、手術や投薬により短時間で治療が終了することは考えにくく、現代医療と補完・代替医療それぞれの長所を組み合わせるという考え方が最も現実的ではないでしょうか。
実は、現在マスコミでも取り上げられることが最も多い疾患である「認知症」も、アメリカ精神医学会は生活習慣病の一つであるという考え方を示しております。
認知症予防にも塩分、脂肪分、糖分摂取を軽減するなどの食事療法や有酸素運動を推奨し、日本の国立長寿医療研究センターは、有酸素運動と認知機能訓練を組み合わせたコグニサイズを推奨しています。
30年以上のコホート研究を続けているアメリカのワシントン大学(ミズーリ州セントルイス)DIAN研究(Dominantly Inherited Alzheimer’s Network)では、睡眠の質の向上や優しく触れるケアによって、アルツハイマー病の指標となっているアミロイドβタンパクの排出や、問題行動を誘発するストレスホルモンを軽減させる効果があると報告しています。
認知症予防におけるフィトセラピーの考え方
生活習慣病予防に食生活の改善は欠かすことができませんし、命をつなぎ身体の健康に役立つハーブや野菜などの園芸作物の栽培に関わることは誰もができます。
さらに、ブレンドによって多様な目的に使用できるハーブティーの活用やハンドアロマトリートメントなどの技法では、ストレス軽減物質を生産する海馬が委縮していても、脳全体の可塑性(修復する自然力)によりストレス軽減の可能性が示されています。
予防という概念には、認知症にならないようにする罹病予防と医師から診断を受けた状態での進行の予防があります。
また、記憶障害が起こっている状態ですので、現在の情動(感情)の維持、向上が最も大切であり、記憶を取り戻すには回想法などの過去を思い出す手法も必要となり、生きる目標を持つための「未来予想図」の作成も予防に有効であることが判明しています。
フィトセラピーによる自然や植物及び植物を栽培する行為を活用することで、現在の情動は良好に保たれ、過去の回想も未来のプランの作成も容易になります。
フィトセラピーへの期待
地球上に生まれた多様な種は、そのほとんどが70-150万年で絶滅していますが、そのほとんどは他の生命や自然環境への過剰な侵略が要因とも言われております。
一方で、他の種を強く侵害することなく穏やかに生き延びてきたサンゴは、すでに20億年も生き続けており、コケ類は地上で5億年生き延びています。すでに100万年以上生きている我々人間は、自らを絶滅させられるだけの武器は十分保有しておりますので、あと何年生きていくのかが心配になります。
我々人間は、遺伝子のみに支配されているのではなく、考えることができ、環境の変化を感じ取る能力があり、責任を果たすことのできる能力を持っています。
植物のさまざまな有効利用法を必要に応じて活用する療法であるフィトセラピーは、本来人間の持っている自然性や生命性を呼び戻すことができ、本来の美しさを引き出す効用もあります。
このような地球上に生まれた生命の一つとして当たり前のことを再認識させてくれる考え方が、一人でも多くの方々に理解されることを願っております。