発達障害児へのハンドマッサージ(山口 創)

発達障害児へのハンドマッサージ

今回は発達障害児へのマッサージについて行われた研究を紹介します。
国の試算によると、現在、通級学級の小中学生の6.5%(60万人程度)に発達障害の可能性があるそうです。発達障害にはいろいろなタイプの人がいるので、同じ発達障害といっても、一人ひとりが実に個性的です。発達凸凹と言われる理由もそこにあります。
障害としての医学的な診断は、マイナス面(例:他人の気持ちなどの想像が苦手、コミュニケーション力が弱い、衝動的に動いてしまう、ミスや抜け漏れが多い)があるため診断されますが、凹(ぼこ)だけではありません。環境によっては、ルールを順守する、細部に気付く、創造力があるなどの凸(でこ)があることもあるのです。

このように、一人ひとりが個性的な特徴を持っているので、決定的な治療法はまだ確立されていません。多くは薬でコントロールしつつ、療育を受けながら症状の改善を期待するといった援助が行なわれています。

まずは自閉症スペクトラム障害(以下、ASD)の人への、薬を用いない援助法の効果についてみていきます。表に示したのは、厳密な研究で信頼できる効果を測定した、複数の研究結果から得られた効果を基に、それらを(A)から(D)まで格付けした結果です。

これを見ると、もっとも効果が高いことが証明されているのは、唯一、音楽療法です。たとえば、歌を歌ったり楽器を演奏したり、ジョイント演奏をするなどの活動を続けることで、「視線を合わせる時間が長くなる」といったコミュニケーションスキルが改善したといった報告もあります。もちろん、ASDの中核症状である、「心の理論」(他者の心の状態を推測する心の機能)が治るわけではありませんが、一部の症状が改善するわけです。

一方で、同じ研究で薬を用いた治療法に注目してみると、オキシトシンは「グレードB」に評価されていました1)。オキシトシンは脳の視床下部で作られ、人を信頼したり親密な関係を築いたり、心臓血管においてはストレスからの反応を抑える役割をもつ大切な生理物質です。ASDの人は、脳内でオキシトシンを作る遺伝子に欠損があるために、健常者よりもオキシトシンの濃度が低いことがわかっています2)。ですからオキシトシンを鼻から吸入して脳に入れることで、症状が改善されるのです。改善される症状は、オキシトシンの作用と言えるもの(表情を読み取るスキルなど)と、マッサージ特有の効果(身体の感覚を覚醒させるなど)があります。

さて、マッサージがオキシトシンを増やすことは、様々な研究から明らかになっています3)。ただしマッサージは音楽療法や、ビジョンセラピーⅰ)とは異なり、他者とのコミュニケーションが前提になります。オキシトシンの作用がグレードBであることを考えると、オキシトシンを分泌させやすいマッサージをするのが良いことになるでしょう。

そのためにはどうしたらよいでしょうか。
第1は、オキシトシンは信頼関係と関わっています。ですからマッサージをする前に、十分に時間をかけて信頼関係を築いておくことが必要であると言えます。私たちは、知らない人に触れられたら、心地よく感じないばかりか、不安や恐怖を感じてしまうことでしょう。ASDの人は、他者に無関心であるように見えますが、実際には非常に繊細で過敏なので、そのような症状が極端に出やすいのです。
第2は、マッサージをすることでオキシトシンが分泌されることを明らかにしている多くの研究では、マッサージを行う手の動きはない、あるいは非常にゆっくりとした速度である特徴があります。ですから、通常のマッサージとは違って、肩にしっかりと手をおくだけ、あるいは腕を包み込むように圧をかける、などの触れ方が適しているといえます。発達障害の人は、触覚防衛といって、動きのある触覚刺激に過敏に反応してしまう傾向がある場合があります。ですから通常のマッサージのように手を速く動かしてしまうと、不安など覚醒水準があがってしまうので、オキシトシンが出にくくなってしまうようです。ASDの人の場合は、何よりも相手を安心させることを第1に触れることが大切です。

第3は、触れる部位です。健常な人の場合は、手や顔へのマッサージはとてもリラックス効果が高いのですが、ASDの人にとってはそれらの部位に触れられることを本能的に嫌がることが多いです。相手を手でつかむ、口で噛みつくといった攻撃を加えるための部位でもあるので、その部位に触れられることで、逆に攻撃性が高まってしまうこともあるのです。ですからリラックスしてオキシトシンを分泌させるためには、それらの部位ではなく、肩や背中、腕といった部位が適しているようです。

実際、これらの点に注意してASD児にマッサージをした、堀越(2017)の研究によれば、症状の軽い子どもにはマッサージによってオキシトシンが分泌され、症状の改善がみられました。さらには母親と信頼感が高まり、母親の育児ストレスが軽減されるといった効果がみられました(図参照)。ただし、症状の重い子どもにはこのような効果はありませんでした。症状の重い子どもは、触れられることを嫌がり、十分にマッサージができなかったため、オキシトシンも増えなかったのだと考えられます。

次に、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の子どもにマッサージをすることで効果を検証している実験を紹介します。
ADHDの子どもへの効果は、オキシトシンというよりは、迷走神経ⅱ)を刺激することに効果があるとも言われています5)。迷走神経は上半身(横隔膜より上部)を支配しているため、その部位に圧をかけるようなマッサージをすると、リラックス効果を発揮して注意欠陥や多動の症状を改善するようです。またマッサージを続けると、ADHDの子どもによく見られる不安や抑うつといった気分の障害も改善されることもわかっています6)。ADHDの子どもは、じっとしていることができない症状を抱えているので、じっくりと長時間マッサージするのではなく、短時間での触れ合いを楽しみながら行うといった工夫をすると良いようです。

以上まとめると、どちらの症状であっても、まずは信頼関係を築き、音楽などを用いた遊びの雰囲気で、上半身に圧をかけるような触れ方で短時間触れることを繰り返し行うことで効果が期待できると言えるでしょう。

引用文献など

1) Daniel A. R (2009) Novel and emerging treatments for autism spectrum disorders: A systematic review. Annals of Clinical Psychiatry, 21, 214-236.
2) Hollander E, et al (2003) Oxytocin infusion reduces repetitive behaviors in adults with autistic and Asperger’s disorders. Neuropsychopharmacol 28, 193-198.
3) Morhenn, V. et al. (2012) Massage increases oxytocin and reduces adrenocorticotropin hormone in humans. Alternative Therapies in Health and Medicine, 18, 11-8.
4) 堀越誌帆 (2017) 自閉症児スペクトラム障害児に対するタッチングの効果について 平成28年度桜美林大学大学院心理学研究科修士論文
5) Field, T.M., et al. (1998) Adolescents with attention deficit hyperactivity disorder benefit from massage therapy. Adolescence, 33, 103-108.
6) Khilnani,S. et al. (2003) Massage therapy improves mood and behavior of students with Attention deficit/ hyperactivity disorder. Adolescence, 38, 623-637.

i) ASDの人は、見ている物がぼやけたり、見るものに正確に視線を合わせることができないなどの見えに関する問題があることがあります。それらを改善するために特殊なレンズの眼鏡を使った治療法で、背筋が伸びたり、視覚運動学習が改善される効果があります。
ⅱ) 迷走神経は副交感神経の機能をもち、延髄から内臓に多数の枝を延ばしています。機能的には心拍数の調整、胃腸の蠕動運動、発汗や発話などに関与しています。

山口 創
山口 創

桜美林大学准教授 臨床発達心理士

1967年静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は、臨床心理学・身体心理学。
主な著書に、『手の治癒力』(草思社)、『からだとこころのコリをほぐそう』(川島書店)
『愛撫・人の心に触れる力』(日本放送出版協会:NHKブックス-959) 『子供の「脳」は肌にある』(光文社新書)
『皮膚感覚の不思議』(講談社ブルーバックス)など。 近年では、NHK総合の「シブ5時」などへの出演、各種雑誌媒体の監修も担う。

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