ハンドマッサージによる健康な人の変化2 脳への影響(山口 創)

脳への影響

今回はハンドマッサージによる脳への影響についてみていこうと思います。

一般にストレスによる体の反応が起こる作用機序は、「HPA軸」としてよく知られています。つまりストレスを受けると、H(Hypotharamic;視床下部)-P(Pituitary:下垂体)-A(Adrenal:副腎系)の順序でストレスに対する体内の反応が現われるのです。 そのため、HPA軸に異常があると、さまざまな病気の原因になってしまうのです。

マッサージは、HPA軸の活動を弱くする作用があるため、ストレスによる身体の反応が抑制されることになります。近年の研究では、その原因となる脳内ホルモンとしてオキシトシンが大事な役割を担っていることもわかってきました。オキシトシンは脳内では視床下部で作られると同時に、下垂体から放出され血液に入り、コルチゾールなどの副腎系の活動を抑制するのです。そのためストレス場面でもその反応を抑えて、体を健康に保ってくれるのです。
またオキシトシンは同時に偏桃体の活動を抑制して、人への警戒心を解いて親密な関係を築くはたらきがあります。そこで相手を信頼して親密な会話をしたくなったりして、他者を頼ることで問題解決をはかるようにさせるのでしょう。

次にハンドマッサージが脳に与える作用についてみていきましょう。 まずはハンドマッサージをすることと、単に手浴をするのとでは、どのような違いがみられるか、脳活動を比べた実験があります。
谷地らの実験では健康な女子学生8名に対して、手浴とハンドマッサージをそれぞれランダムに60秒間測定しました。その間、光トポグラフィ-装置(NIRS)を用いて、前頭葉の酸化ヘモグロビン(Oxy-Hb)濃度変化を測定しました1)。また快感情の変化については実験の前後に VAS(Visual Analogue Scale)で測定しました。実験の結果、手浴のみの場合とハンドマッサージの場合ともに 前頭葉の活動は高まりましたが、特にハンドマッサージの方が手浴よりも活動量は増加しました(図1参照)。快感情に関しては、ハンドマッサージのほうが快方向の変化を示し、手浴とハンドマッサージでは有意差が認められました。

さらに実験後の感想として、「手浴のみよりもマッサージがあったほうが気持ちよかった」は8名、「マッサージでは血が手の先まで行き渡っている気がした」1 名、「手浴のみでじんわり全身もあたたかくなった」1名 、「マッサージではあたたかく、人と手が触れているため安心感があった」1名でした。

このように、手浴を行う際にマッサージを同時に行うことで、前頭葉の活動量がさらに増加させ、リラックス効果が大きくなる効果があることがわかります。人は人の手できちんと触れられることで、初めて安心できるのだということが改めてわかります。

また古賀らはパソコン画面でストレス課題を与える際に、ハンドマッサージをする際に、クリームの効果について比較しました2)。 条件1はハンドクリームを使わずに右手のマッサージを行い、条件2はハンドクリームを使用してのマッサージ、条件3はクリームの基剤のみ使用してマッサージを行いました。そして各々のハンドマッサージをしている間、NIRSを用いて左側前頭及び側頭部の活動量を比較しました。 実験の結果、条件2のハンドクリームを用いてマッサージを行なった場合は特に側頭部における酸化ヘモグロビン濃度の低下がみられました(図2参照)。この部位はストレスに反応する部位でもあるため、ストレスがあってもハンドクリームを塗ってマッサージをすると、ストレスが低下することがわかりました。

さらに、ハンドマッサージとフットマッサージで、その効果の違いを比較した研究もあります3)。5人の大学生に、ハンドマッサージとフットマッサージをランダムな順で20秒ずつ受けてもらい、それぞれの間に20秒間の休息時間を設け、各々を8回ずつ受けてもらうというものでした。そしてその間の脳活動について比べてみるのです。しかもそれらのマッサージは、プロのマッサージ師か未経験の施術者のどちらかの人から施術されたのです。

実験の結果、当然のことですが、プロのマッサージ師が施術したほうが、結果は良いものでした。そしてハンドマッサージとフットマッサージを比べてみると、どちらのマッサージも報酬系と言われる眼窩前頭皮質や側坐核といった、ドーパミンが分泌される経路の活動が高まりました。さらに好みの個人差はあるのですが、全体的にみると、フットマッサージの方が報酬系の活動は高く出ていました。その理由について論文の筆者は、手のマッサージの場合、脳を測定する装置(functional MRI)の中に入るため、物理的な制約が生じてしまい、本来のハンドマッサージができなかった可能性がある、と述べています。十分なハンドマッサージができれば、効果もあがったのではないかと思われます。

しかしこれは私にとっては少し意外な結果でした。手の方が足よりも遥かに触覚に敏感なので、脳の活動も大きくなるだろうと思っていたからです。もしも本当にフットマッサージの方が気持ち良いとしたら、その作用機序は快感を感じるC触覚線維によるのか、ツボや、リフレクソロジーの反射区といったものによるのか、それとも単純に心理的な影響によるものかはわかりませんが、興味深い知見です。 いずれにしても、リラックスを促し、痛みやストレスを癒す効果はどちらのマッサージにもあることは、他の実験からも裏付けられているので、大差はないと思われます。

文献

1) 谷地ほか 2014 手浴とハンドマッサージ浴が脳内酸化ヘモグロビン濃度と情動に及ぼす影響 昭和大学保健医療学雑誌, 12, 125-129.
2) Koga,Y. 2008 The study of the influence of hand massage on brain function by using NIRS. Journal of International society of life information science. 26, 105.
3) Ho, Y.W.L., et al 2009 Brain Reward Activity during massage: A functional neuroimaging investigation. NeuroImage, 47, S160.

山口 創
山口 創

桜美林大学准教授 臨床発達心理士

1967年静岡県生まれ。早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専攻は、臨床心理学・身体心理学。
主な著書に、『手の治癒力』(草思社)、『からだとこころのコリをほぐそう』(川島書店)
『愛撫・人の心に触れる力』(日本放送出版協会:NHKブックス-959) 『子供の「脳」は肌にある』(光文社新書)
『皮膚感覚の不思議』(講談社ブルーバックス)など。 近年では、NHK総合の「シブ5時」などへの出演、各種雑誌媒体の監修も担う。

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