神経細胞に物理的刺激を与えたときの形態変化の検討

目的

乳がんの抗がん剤治療において、タキサン系抗がん剤を使用すると化学療法誘発性末梢神経障害 (CIPN) が生じる。この主な原因は、神経細胞の損傷であることが知られている12

ハンドケアは手指の血流を促進するマッサージ方法であり、その施術により軽度から中程度のCIPN症状が改善することが報告されている3が、その詳しい機序は明らかとされていない。

損傷した神経細胞が軽度の刺激を与えることで修復されることが報告されていることから4、私たちは皮膚に存在する感覚受容器の細胞に物理的刺激を与えると細胞形状がどのように変化するかを検討した。

方法

1.使用した細胞株および培養操作

細胞は、生体の皮膚感覚受容器の特徴を備えるヒト神経細胞癌由来細胞株、神経細胞MCC14/2を用いた。メディウムはD-MEM (High Glucose) with L-Glutamine (1 %Penicilin Streptomycin, 10 %Fetal Bovine Serum (FBS) 含有) を用いて37 ℃にて培養した。

2.振とう法

振とう機はInvitro shaker Wave-Slslim (TAITEC、日本) を用いた。染色用スライドはLab-Tek ⅱChamber Slideを用いて、MCC14/2細胞を 1×10⁶ cell/ml播種した。振とう速度はハンドケアに類似したマッサージ速度の 40 rpmに設定した。振とう前の静止した状態をコントロールとして、15 分間振とうした後の状態を観察した。

3.Ca2+ および膜電位測定法

Ca²⁺は Flex Station3(モレキュラーデバイスジャパン株式会社、日本)を用いて測定した。測定キットはCalcium 5 Assay Kit (R8190, Molecular Devices) を用いた。

4.添加刺激による細胞突起の観察法

TransferMan4r(エッペンドルフ株式会社、日本)を用いて 20 hPa/秒で維持圧 6 hPa、角度 30 °でD-MEMを添加刺激した。

5.Actinの蛍光免疫染色

静止状態のコントロール、15分間振とうを与えた細胞は30分間10%ホルマリン固定後、TBS(Tris Buffer Saline)で洗浄後、0.3%過酸化水素で10分間、内因性パーオキシターゼ除去をおこなった。その後、非特異反応ブロックnon-specific blocking regent (X0909,DAKO)を5分間反応させ、Anti-stain 555 phalloidin (Cytoskeleton, Inc USA) を用いてActinを染色した。核染色はbisbenzimide H33342(和光純薬工業株式会社 日本) 抗体を使用し室温で 30 分間反応させた。

6.統計学的処理法

有意差検定はt検定を用いて行いp<0.05を有意差ありと判断した。

結果

1.Ca2+測定結果

カルシウムを含まないPBS(-)を単回刺激したところ、Ca²⁺濃度に変化は認められなかった。しかし、カルシウムを含んだmediumで培養をおこない刺激を与えた直後では、細胞内Ca²⁺濃度が上昇した(図1左)。

また、細胞に一番弱い刺激である20hpaでMediumをインジェクションしたところ葉状仮足と糸状仮足の伸展が観察されて神経突起が伸びる様子が観察された(図2右)。

2.Actinの蛍光免疫染色結果

静置したActin(コントロール)の樹状突起が平均22.9µmであったのに対し、15分振とうしたActinの樹状突起は平均73.6µmで、コントロールと比べて有意にActinは発現した(図3, 表1)。

考察

単回刺激を与えた直後、細胞内Ca²⁺濃度は上昇した。これは、刺激を与えることにより、細胞の軸索末端まで活動電位が到達すると末端内に蓄積されていたシナプス小胞が開いて、小胞内に含まれるカルシウム関連性の神経伝達物質が細胞外に放出される。この放出された物質は近隣の細胞に到達し、細胞表面に発現する受容体分子に結合して、Ca²⁺濃度を上昇させ細胞間の伝達が行われる。このようなメカニズムにてCa²⁺流入による脱分極が起こり細胞内Ca²⁺濃度が上昇したことが考えられる5)。Ca²⁺による細胞内情報伝達は、細胞内Ca²⁺ホメオスタシスであるTRPM4およびTRPイオンチャネルの関与が報告されている6)。TRPチャネルは細胞内のCa²⁺陽イオンを調節する機能を有する。さらに、Capping Proteinはアクチンフィラメントの伸長や短縮を制御するタンパク質の一つであるが、アクチン分子の重合・脱重合によって伸長や短縮することで長さを変えることが報告されている7)

 これらのことから、刺激によって細胞内Ca²⁺濃度上昇と神経突起が伸展するメカニズムは、アクチンの重合とCapping Proteinによる脱重合の阻害が起こったことでアクチンフィラメントとCapping Proteinの結合様式が変化したことでActinが伸長することが考えられた。

1) 津田泰正, 松田絹代, 田嶋美幸・他:パクリタキセル施行乳がん患者における末梢神経障害の発症頻度と危険因子に関する検討,医薬薬学38(6): 359-364, 2012.

2) 中川貴之:抗がん薬による末梢神経障害の対処法と発現機序,ファルマシア 54(11): 1050-1054,2018.

3) 佐々木晶子,池田明子,角田ゆう子,沢田晃暢,鶴谷純司,辰尾秋斗,木内祐二,中村清吾 : 化学療法誘発性末梢神経障害を有する乳がん患者に対するハンドセラピー施術後の改善効果の検討,Jpn J Cancer Chemother 47(5): 783-788,2020.

4) Sugio S,Nagasawa M,Kojima I,et al:Transient receptor potential vanilloid 2 activation by focal mechanical stimulation requires interaction with the actin cytoskeleton and enhances growth cone motility,FASEB J 31(4): 1368-1381,2017.

5) JA Gilabert:Cytoplasmic Calcium Buffering: An Integrative Crosstalk, Adv Exp Med Biol. 1131:163-182, 2020.

6) Martin Ezeani TRP Channels Mediated Pathological Ca 2+-Handling and Spontaneous Ectopy,20,83, 2019

7) A.Narita, S.Takeda, A.Yamashita and Y.Maeda: EMBO Journal, 6,Structural basis of actin filament capping at the barbed-end: a cryo-electron microscopy study, 2006

この研究発表は、昭和大学薬学部の学内発表として2022年7月19日に実施されたものです

佐々木晶子
佐々木晶子

昭和⼤学医学部 薬理学講座において、医科薬理学部⾨講師を務める。
公益社団法⼈⽇ 本薬理学会学術評議員。医学博⼠。


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