目的
乳がん患者が治療のために用いるタキサン系抗がん剤は、化学療法誘発性末梢神経障害 (CIPN) を引き起こす。その対処療法としてハンドケアが有効であることが証明されているが1)、その機序は明らかとなっていない。本研究では、CIPNモデルマウスに対してハンドケアを施術した効果を検討するために、鎮痛作用のあるオキシトシン2)とレクチンファミリーに属する糖結合タンパク質Galectin-33)の発現量を観察した。
方法
1. モデルマウスの作成
生理食塩水を投与したコントロール群、パクリタキセル(PTX)を投与して作製したCIPNモデルマウスのPTX群、PTX群にハンドケアを加えたPTX+ハンドケア群の3群から、血液と後脚を採取し比較検討した。
- コントロール群:10 週齢の C57BL/6J 雄性マウスに生理食塩水 4 mg/kg を0、2、4、6 日目の 合計 4 回腹腔内投与し作製した。
- PTX群:10 週齢の C57BL/6J 雄性マウスにPTX 4 mg/kg を0、2、4、6 日目の 合計 4 回腹腔内投与し作製した。
- PTX+ハンドケア群:PTX群に連続して2週間、毎日1日1回15分間ハンドケアを施術した。
本研究は、昭和大学動物実験委員会の承認のもとに実施した。
2. 免疫蛍光染色
HE染色にてマウスの後脚の形態変化を組織学的に観察し、その後、免疫蛍光染色によりオキシトシン受容体を観察した。
- HE染色
モデルマウスの後脚を10 % ホルマリンで24時間固定したあと、切り出しをおこない、パラフィン包埋してブロックを作成した。その後、包埋ブロックから切片を3 μmで薄切しスライドガラスに貼り付け乾燥させた。スライドガラスに貼り付けた検体はキシレンで脱パラフィンし、100 % から70 % エタノールで脱水をおこない流水水洗後、ヘマトキシリンとエオジン(サクラファインテックジャパン株式会社, 東京)でHE染色を行った。
- オキシトシン免疫蛍光染色
スライドガラスに貼り付け乾燥させた検体をキシレンで脱パラフィン後、エタノールおよび流水水洗を行い、内因性パーオキシターゼ除去のため0.3%過酸化水素処理を10分間non-specific blocking regent (X0909,DAKO) 処理を行った。その後、非特異反応ブロックを5分間反応させ、1次抗体の Anti-oxytocin Receptor antibody ab217212抗体(1: 100, abcam, Tokyo, Japan )にて1時間、2次抗体は Alexa Fluor 555 goat anti-rabbit IgG Hoechst 33342 solution(1:100, Life technologies, MA, US)と核染色Hoechst 33342 solution(1:100, DOJINDO, Kumamoto, Japan)で30分間反応させた。
3. ELISA法による発現量の測定
マウスの血清を200倍希釈したものを用いてMouse Simple Step ELISA Kitにて測定を行った。
Galectin-3の発現量
各wellにStandard と Sample 、Antibody Cocktailを 50 µL加え、接着シールでカバーし、400 rmp に設定したプレートシェーカーを用いて室温で 1 時間インキュベートした。その後各 well に 1× Wash buffer PT を 350 µL 加えて3回洗浄後、TMB Development Solution を100 µL 加え、450 nmで光学密度(OD)を測定した。
結果
1.HE染色による形態観察をおこなった。コントロール群に比べてPTX群では角質層が薄く、PTX+ハンドケア群ではPTX群と比べて角質層が厚くなったことが観察された(図1)。
2.免疫蛍光染色によるオキシトシン受容体については、コントロール群とPTX群に比べてPTX+ハンドケア群ではオキシトシン受容体発現が強く観察された(図1)。
3.Galectin-3の発現量については、PTX群に比べて、PTX+ハンドケア群でGalectin-3は有意に減少した。またnon-PTX群に比べて、PTX群でGalectin-3は有意に増加した。さらに non-PTX群に比べて、PTX+ハンドケア群でGalectin-3は有意に増加した(図2)。
考察
免疫蛍光染色によりハンドケア施術後のオキシトシン受容体は強く発現し、Galectin-3 は減少が確認された。これは、ハンドケアによってメルケル細胞が活性化され、それに伴ってオキシトシン発現が増加し4)、鎮痛効果が増強されて末梢神経障害が緩和したことが考えられた。またこれはハンドケア施術の刺激によって血中のオキシトシン濃度が高くなり、正のフィードバックが起こったことが考察される。ハンドケア施術により末梢のオキシトシン発現が増加する。またC触覚線維がハンドケアの刺激に反応して後根神経節に刺激が伝わり、そして脳下垂体後葉部分からのオキシトシン分泌が促進され、鎮痛作用がさらに増強されると示唆された。
Galectin-3 は免疫細胞の誘引や血管新生などに関与し、炎症がおこるとGalectin-3が細胞外に分泌されることが知られている3)。コントロール群に比べてGalectin-3はPTX群で有意に増加したことから、本研究で作製したCIPNモデルマウスは炎症を惹起しCIPNを発症していることが確認できた。また、コントロール群に比べてPTX群でGalectin-3が有意に増加したことから、感覚神経の周囲にマクロファージを呼び寄せて炎症を発生させたことが示唆された。さらにGalectin-3はPTX群に比べてPTX+ハンドケア群で有意に減少したことから、ハンドケアによってオキシトシンが分泌し、オキシトシンが持つ抗炎症作用2)と鎮痛作用がGalectin-3の発現を有意に減少させたことが考えられた。
参考文献
1)佐々木晶子 他: 化学療法誘発性末梢神経障害を有する乳がん患者に対するハンドセラピー施術後の改善効果の検討,Jpn J Cancer Chemother 47(5): 783-788, (2020)
2) 松浦孝紀 他: 下垂体後葉ホルモン・オキシトシンと疼痛ならびに炎症調節作用との関連, J UOEH(産業医科大学雑誌)38( 4 ): 325-334(2016)
3) Madoka Koyanagi et al. Pro-nociceptive roles of Schwann cell-derived galectin-3 in taxane-induced peripheral neuropathy, Cancer Research, 15;81(8):2207-2219(2021)
4)皮膚の触覚に係る「メルケル細胞」の研究に着手
この研究発表は、昭和大学薬学部の学内発表として2022年7月19日に実施されたものです